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ピン甘日誌 - 13
 ■ 雪の湯西川温泉 4月15日

雪の湯西川温泉を訪れたのはもう2ヶ月も前のことで、桜も散り始めた今頃になって話題にするのは時期外れも甚だしいのですが、お許しをお願いして。

神奈川での暮らしもこの夏限りで次の冬は山口で迎えるはずだ。山口は本州の西の端にあり瀬戸内側では、冬に雪が降るのは珍しい。

北国の雪深い温泉を訪ねるには山口からだと長旅になり費用もかかるので機会が遠のくと家内が言い始めたのは昨年の暮れだった。私の出張などで予定がたたず延び延びになっていたが、2月になると、是非ともこの冬のうちに雪の温泉で一晩でよいからゆっくりと湯につかりたいとパンフレットなどを集めてとうとう宿探しを始めた。草津、白骨温泉などは意外にも雪が少ないらしい。あすこが良いの、ここが良いのと迷っていたが、絶対に雪があると旅行会社が太鼓判を押してくれたと言うことで「湯西川温泉」と決まった。然し、初めて聞く名前である。最寄りの駅は鬼怒川の先で、温泉まではバスで行くらしい。

雪国行きと言うことで家内は寒さ対策と銘打って、マフラー、手袋に帽子、ブーツにコートを新調し、私にも新しい手袋と毛糸の帽子が支給された。汽車賃と宿代は聞いていたのだが、雪国への旅には色々出費が嵩むようだ。家計は大丈夫かなどと余計な心配をしてしまった。試しに毛糸の帽子をかぶると、家内も娘も失礼にも「まあ、福々しい。知ってる人が居ないから良いでしょう」などと言って笑い転げている。暖かそうなので少しは気に入ったのだが..。

湯西川温泉駅へ着くとやっと山に雪がみえた湯西川温泉駅へ着くとやっと山に雪がみえた

出発当日の天気は晴れ、しかし風は冷たい。マフラーと毛糸の帽子以外の防寒用品を身につけ出発となった。東武日光線の終点鬼怒川公園駅で特急から福島会津方面行きのローカル線に乗り換える。北に向かう電車がトンネルを出る度に2人そろって線路や山肌を確かめるが、雪が積もっている気配が無い、日陰にほんの一握り汚れた雪が残っているだけである。本当に雪があるのか次第に懸念が大きくなる中、とうとう湯西川駅に到着した。

着いてみると湯西川駅は地中駅だった。「前に来たとき、ここの階段でヘコンだんだよね」などと近くを登る若者のグループに歩調を合わせて長い階段を上っていく。リュックに詰めたレンズやカメラ用品が意外に重い。登り切った時には年のせいにしたくないが、本当に息が上がっていた。地上駅は改札口も待合も屋内である。息を整える間も惜しんで期待を込めて外へのドアを開ける、一面の銀世界か。が、そうは甘くない。

バスに乗りしばらくすると雪が舞い始めた。雪が深くなり路肩を見ると60cm以上は積もっている。雪国の人にとっては見慣れた光景なのだろうが、山と山の区切りは枯れ木立である。木立の斜面の雪も面白い積もり方をしている。雪を見て家内もすっかり上機嫌になり、「嬉しい、こんな雪を見るのは30年ぶりよ」と歳がばれるのも気にせず喜んでいる。

湯煙の温泉湯煙の温泉

バスに揺られて30分、宿に着くと家内は「夕食前、寝る前、明日の朝早く。3回は温泉に入るわ」と宣言してさっさと姫湯へ向かった。私は宿の長靴を借りて陽が落ちる前に雪景色を撮りにと、小雪の舞う表に出た。もちろん、マフラーに毛糸の帽子、新しい皮の手袋をしっかりと身に付けている。向かった先は、手にカメラを持った人がチラッと見えた湯西川に面して建つ宿から直ぐの赤い小さな橋のたもとである。

外に出て、直ぐの角を左手に曲がり少し歩くと橋にでる。道にも橋にも雪が積もっており足下があやしい。滑べって転ばぬように用心しながら階段を登り長さ10m程の橋の上に立つと、対岸の小さな川原の雪が妙にごつごつしている様に思えるが、真っ白な背景との陰影がはっきりせず見定めることができない。

と、カメラを持ち工事場でよく見かける虎模様の上っ張りを黒いジャンパーの上に羽織った長身の男性がツツーと川原に入り、その前に立ち止まるとしゃがみ込んで写真を撮り始めた。その人が背景になりごつごつした雪の正体が浮かび上がった。だるまさんのような形をしている。「ミニかまくら」だ。旅行会社から貰ったパンフレットを目で追っていた家内が顔を上げ、「あら、ミニかまくらもあるそうよ」と教えてくれたそれに違いなかった。

川原に降りて百は軽く越す数のミニかまくらを覗き込む。高さ直径とも30cm位で中の雪は土手側では無く対岸に向かってくり貫かれ、平らにならされた雪の上にガラスコップ一つ置いてある。コップの底には溶けた蝋のかたまりがあり、その上にチラチラと降っている雪がコップの中程まで積もっている。厚い雲に隠れ陽の光は明るいもののミニかまくらを雪原から浮かび上がらせるに十分な陰影を作ってはくれない。2-3枚シャッターを切りるともっと面白い物は無いかと早々に川原を後にした。

小一時間ほどで辺りを一回りし、ミニかまくらのある川原へを戻ってくると早い冬の宵闇が辺りを包み始めている。上流側からひとつひとつミニかまくらの蝋燭に火が入り、赤い炎が次々と淡い闇の中に白いドームを浮かび上がらせている。待ちかねていた観光客が次々と川原に降り、てんでに記念写真を撮り始めた。これではデンと三脚を構えて往来の邪魔をするわけにはいかなくなってしまった。

ミニかまくらの火は何故か川中からが眺めが良いミニかまくらの火は何故か川中からが眺めが良い

ミニかまくらは対岸に向けてひかりを放っている。「しょうがない、対岸から撮ろうか」と思い明かりの灯ったミニかまくらから目を川へ移すと、先程の虎模様の上っ張りを羽織った男性が川の中に立っている。長靴をはき、三脚を川のなかに据えて盛んにシャッターを切っている。岩床になっている川底は足場は良さそうで水深は浅くせいぜい10cm位なものだろうか。

そうか、川の中かと思い足下に目をやると、宿で借りた雪靴は短靴で水に潜ってしまいそうだ。慎重に浅い場所を狙いながら足を下ろしていたが案の定水が入ってきた。例のカメラを持った男性は得心が行くまで撮ったのだろう、「お先に」と私に声をかけて岸へ上がっていった。私も会釈を返し、その人の長靴を羨みながら、もう少し川中へ進む。三脚を構える頃には、靴の中は冷たい川の水でびしょびしょになっていた。

宿に戻り貸し靴を濡らしたことを謝り、靴を脱ぎ始めてドキッとした。靴下だけでなくズボンまでも膝下から裾にかけてたっぷりと水を吸っている。部屋に入ると家内が「とても良いお湯だったわ」と言いながら、ズボンの裾をまくり脱いだ靴下を両手にぶらさげた私をまじまじとみつめる。私の言い訳を聞いている中に家内の目つきが変わったので、驚きで一瞬息がとまってしまった。にこやかにまるでいたずらっ子を見ているような目だ。思わず私は「止めてくれ、そんな目で見ないでくれ、俺は立派な大人だ」と、心の中で叫んでいた。

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